久世様 親学会スピーチ原稿「KRイメージ坐禅会受講感想」

4/25(水)スピーチ                      久世

先日に日曜日に、座禅会に参加いたしました。親子で貴重な時間を共有することが出来ました。
10年後、20年後にはさらにありがたみを増して思い出すことでしょう。
私がじっと座っていたら眠くなってしまうのではないか、と朔太郎は心配していましたが、眠くなる、ということはありませんでした。一点を見つめているようで全体を見る、ということが出来たように思います。視界はぼやけているのに思考ははっきりしています。

座禅を終えて、空色原理について考えました。
あらゆる物事、現象は「空」であるのに、それにさまざまな「色」をつけてとらえると、そのただの「現象」が、自分にとって良きものになったり悪いものになったりします。

私にはどうしても苦手な人がいて、その人の言葉や行動にむやみに意味をつけてしまう、という癖があります。
Aさんに言われても気にならないことが、Bさんに言われると心を乱される、といった事です。
例えばマンションの上の階の足音が、その住民を知らないうちは騒音で、気になってしょうがなかったのが、その住民を知ることで気にならなくなる、というたとえ話を先生から伺ったことがありますが、その人を良く知って合流すれば、いちいちこだわらずにすむのでしょうか。
ということが最近の課題で、お釈迦様のお話を読んだりしていますが、今日の稽古中のお話にヒントがあったように思います。
「その苦手だと思う人の、苦手だと思う部分も、自分の中にいるんだ」と思うこと。
これがヒントになるように思います。この感覚を、なるべく持てるように、また明日から頑張りたいと思います。
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このことについて、谷垣先生と谷口さんからコメントを頂戴しました。

結局は「観覧車の接している部分」の問題。見たいところ、好きなところだけに反応するようになってしまう。

人見知りの谷口さんは、苦手だと思う人にはむしろ懐に飛び込んでいく。そういう訓練をしてきた、とのこと。

私自身も、なるべく引き出しを増やして、様々な人と様々な話ができるように訓練してきたつもりですが、そういった「大人の処世術」ではどうにもならない葛藤がある時もあります。
どうしても駄目な時は、この人とは前世で何か因縁があったのかもしれない、と、逃げることも必要なのではないかと思います。

                      4/25のスピーチについて  以上です。