棚倉様の親学会スピーチ原稿

谷垣先生
3月3日のスピーチ原稿を送らせていただきます。
長文になってしまいましたが、よろしくお願い致します。

斎藤さんや平岡さん、お母様方の自然体体験談や試みのお話を聞いてから、私も自分自身のことで自然体を意識してみることにしました。

私は昨年の夏から書道を習い始めましたが、先生が静岡の三島からいらっしゃるので、月に一度、3時間の稽古です。その後、習ったものを家で何枚も書き、練習します。はじめは、稽古時に撮った、先生が書いている書、手元の動画を見て、筆づかいなどを確認し、それをまねて自分で書くの繰り返し。
でも、書いていくうちに、だんだん先生の基本からズレて自分流の書き方になり、それでもなかなかうまく書けた!と思ってしまう自分がいました。
そこで、改めて先生の書の動画を見ると、自分は全く先生と違う!と反省し、姿勢を正し、深呼吸をし、筆の持ち方を確かめ、基本に立ち返るように書き直します。
これは、自分の我との戦いだなぁと毎回思います。

ある時、そうやって何枚も書いていく中で、フッと手元が軽くなり、流れるように手が進み、迷いのない感覚になることがありました。その時のことを思い出すと、気負いはないけれど、すごく集中していて、自分の気、呼吸、目の前の半紙、持つ筆が一体化した気がします。
「流起 合流 先行」のイメージ、「自然体になる」とはもしかしたらこういうことかな?と実感した不思議な出来事でした。

書道と空手、全く違うもののように見えますが、私の書道練習とちひろの空手、特に型の練習は似ていると思います。
自分流になりがちなのを、基本に立ち返り、修理すべき我を正し、練習を積み重ねていくことで感じることができる感覚があるんだと、今回の体験を通して発見がありました。
考えてみれば、書道と武道、同じ道という字があるものは、やっていく中で、特に内なるものに共通点がある気がします。

それから、以前、三島で開催された書道の先生の個展に、娘も一緒に行った際に感心したことがありました。
「命 食 魂」と書かれた一番大きい作品の前で、ちひろが立ち止まり、一点を見つめ、1分くらい動かずにいました。
後で「どうしたの?」と聞くと、「作品の字を集中してみているとどんな変化が起こるのか、谷垣先生が話していた、本物の作品だとそれが動き出すように見える!というのを試していた」と言い、「じっと見ていたら、その文字に粒々がたくさん集まっているように見えた!」と話してくれました。
子供の方がKRの稽古時に体感し、谷垣先生の言葉を素直に受け止めている分、自然体を感知する力が大きい。子供に見習うべきところがあるなぁと思ったひとコマでした。

これからも、私自身、いろんな場面でそういう意識をもって試してみたいと思います。